安楽寺は東京都青梅市(おうめし)の最北部、埼玉県境にある真言宗の古刹。 この辺りは成木(なりき)地区と呼ばれており、かつては良質の石灰(いしばい)を産出することで知られていました。成木の石灰は壁塗り材料として江戸時代にはたいへん重宝がられ、江戸城、大阪城、名古屋城や日光東照宮の壁にも用いられました。成木から江戸へ、この石灰を運ぶために開かれた「成木街道」が、実は現在の「青梅街道」の前身なのです。 のどかな景観は一見の価値があります。 是非、一度訪れてみてください。 本堂伽藍全景(撮影 畑 亮) 左手の大木は「安楽寺のヤドリスギ」 (東京都指定天然記念物) 安楽寺は昔から「成木の軍荼利(ぐんだり)さん」と呼ばれていますが、その創建に関わる確かな資料は伝わりません。しかし安楽寺の軍荼利明王(ぐんだりみょうおう)像は鎌倉時代前期以前、仁王像は平安時代後期の作と鑑定されており、これらの像が作られた頃には、既に初期の寺院の骨格が成立していたものと考えられます。関東における古寺の一つといってよいでしょう。室町時代前期には「軍荼利安楽寺」と記される記録が残っていることからも、古くから軍荼利明王を中心とした密教の霊場であったものと思われます。 なお「縁起」によれば、和銅年間(708〜715)、山上の大きな楠が時々光を放って鳴動し、関東遊歴中の行基菩薩の前に光の中から八臂の軍荼利明王が現れたため、行基はその楠を切って光中に見た明王の姿を像に刻み、一宇を設けてこれを安置したとされます。当所の地名「成木」の名の由来もこの故事によるものと伝えられ、木が鳴動した(鳴木)、或いは木から明王の像を成した(成木)ため等の説が見られます。 軍荼利明王は不動明王・降三世(こうざんぜ)明王・大威徳(だいいとく)明王・金剛夜叉(こんごうやしゃ)明王などと共に五大明王のひとつに数えられています。一般には不動明王を中心として他の明王像といっしょに祈祷されることが多いのですが、安楽寺のように単独で祀られるのは関東地方における特徴と言われています。 平安時代後期の仏教は、末法(まっぽう)到来の風潮の中、一方で浄土を欣求(ごんぐ)しつつも、また一方で密教が大流行し、呪術的な密教修法によって明王に調伏(ちょうぶく)の祈祷を念じたとされます。当時は様々な明王像が多く作られたようですが、安楽寺の軍荼利明王像も、こうした調伏的明王信仰の一端を担うものであったと思われます。 軍荼利明王像を安置する軍荼利明王堂は江戸時代、延宝8年(1680)頃の建立(再建)であることが、今回の解体修理で明らかになりました。 この建物は当地方の特徴として、仏堂でありながら住宅風の設計手法によって建てられています。また軍荼利明王の仏像の丈が高いので、建物の欄間の丈もそれに合わせて高くなっています。 内陣と外陣の間は格子戸で区切られており、内陣には窓が一つもなく、全て板壁で覆われているのは密教仏堂の特徴です。 軍荼利明王堂 (撮影 畑 亮) 軍荼利明王堂内陣厨子 (撮影 畑 亮) 木造軍荼利明王像 (鎌倉時代前期以前) (撮影 畑 亮) 安楽寺の境内は軍荼利明王堂を中心とする伽藍と、本堂を中心とする伽藍の二つに分かれています。おそらく軍荼利明王堂の伽藍の方が創立は古いものと思われます。一方の本堂伽藍は河岸段丘の高台にあり、広々として境内からの眺めも良く、よく整備されています。 今回の工事では、併せて長屋門、表門、鐘楼堂、物置、外塀の修理も行われました。この他にも本堂、仁王門、宝塔等があり、先行して修理が行われています。 軍荼利明王堂伽藍 (撮影 畑 亮) 本堂伽藍 (撮影 畑 亮) 本堂伽藍 (撮影 畑 亮) 本堂伽藍 (撮影 畑 亮) ところで長屋門には当初から扉がありません。お寺によれば、万人に広く門戸を開け放っているのだといいます。 長屋門 (撮影 畑 亮) 長屋門 (撮影 畑 亮) 表門 (撮影 畑 亮) 鐘楼堂 (撮影 畑 亮) 所 在 地 東京都青梅市成木 建立年代 江戸時代 延宝8年(1680)頃(軍荼利明王堂)、安永8年(1779)(長屋門)、天保15年(1844)(鐘楼堂)、嘉永3年(1850)(表門) 修理工事 平成10年(1998)完了 見 学 境内自由
のどかな景観は一見の価値があります。 是非、一度訪れてみてください。
本堂伽藍全景(撮影 畑 亮) 左手の大木は「安楽寺のヤドリスギ」 (東京都指定天然記念物)
所 在 地 東京都青梅市成木 建立年代 江戸時代 延宝8年(1680)頃(軍荼利明王堂)、安永8年(1779)(長屋門)、天保15年(1844)(鐘楼堂)、嘉永3年(1850)(表門) 修理工事 平成10年(1998)完了 見 学 境内自由
東京都青梅市成木
江戸時代 延宝8年(1680)頃(軍荼利明王堂)、安永8年(1779)(長屋門)、天保15年(1844)(鐘楼堂)、嘉永3年(1850)(表門)
平成10年(1998)完了
境内自由
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